ゼロトラストセキュリティの重要性が高まる中、各国・地域で関連する標準や法規制の整備が進んでいます。本記事では、ゼロトラストの代表的な国際標準であるNIST SP800-207を中心に、関連する法規制とその対応について解説します。
- NIST SP800-207の概要
NIST SP800-207は、米国国立標準技術研究所(NIST)が2020年8月に発行したゼロトラストアーキテクチャ(ZTA)に関するガイドラインです。主な内容は以下の通りです:
a) ゼロトラストの定義と基本概念 b) 論理コンポーネント c) ZTAの配置シナリオ d) スレットモデル e) 移行戦略と推奨事項
NIST SP800-207の特徴:
- ベンダー中立的なアプローチ
- 柔軟な実装オプション
- リスクベースの意思決定フレームワーク
- 継続的な監視と改善の重視
- NIST SP800-207の主要コンポーネント
a) ポリシーエンジン(PE):アクセス要求の評価と決定を行う b) ポリシー管理者(PA):ポリシーの作成と管理を担当 c) ポリシー執行ポイント(PEP):アクセス決定を実施する
- 他の標準・フレームワークとの関係
- NIST Cybersecurity Framework:ゼロトラストはCSFの「特定」「防御」「検知」「対応」「復旧」の各機能に関連
- ISO/IEC 27001:情報セキュリティマネジメントシステムの要求事項とゼロトラストの整合性
- MITRE ATT&CK:攻撃手法とゼロトラスト対策のマッピング
- 主要な法規制とゼロトラストの関連性
a) GDPR (EU一般データ保護規則)
- データ最小化の原則とゼロトラストの最小権限アプローチの親和性
- 個人データの越境移転規制とゼロトラストネットワークアクセス(ZTNA)の活用
b) CCPA (カリフォルニア州消費者プライバシー法)
- 消費者データへのアクセス制御強化にゼロトラストモデルが貢献
- データ追跡と可視化におけるゼロトラストの役割
c) 日本のサイバーセキュリティ戦略
- 2021年策定の「サイバーセキュリティ戦略」でゼロトラストの重要性に言及
- 重要インフラのセキュリティ強化におけるゼロトラストの位置づけ
d) PCI DSS (支払カード業界データセキュリティ基準)
- ネットワークセグメンテーションとゼロトラストのマイクロセグメンテーションの整合性
- 最小権限の原則とゼロトラストアクセス制御の親和性
- ゼロトラスト導入時のコンプライアンス対応
a) リスク評価とギャップ分析
- 現状のセキュリティ態勢とゼロトラストモデルのギャップを特定
- 法規制要件とゼロトラスト実装のマッピング
b) ポリシーとプロセスの見直し
- ゼロトラストの原則に基づいたセキュリティポリシーの更新
- アクセス制御とデータ保護プロセスの再設計
c) 技術的対策の実装
- NIST SP800-207に準拠したアーキテクチャの設計
- 継続的認証・認可メカニズムの導入
d) 監査と報告体制の確立
- ゼロトラスト環境での監査ログの取得と分析
- コンプライアンス報告に必要なデータポイントの特定
e) 従業員教育とトレーニング
- ゼロトラストの概念と新しい業務プロセスに関する教育
- セキュリティ意識向上プログラムの実施
- 国際標準化の動向と今後の展望
- ISO/IEC JTC 1/SC 27でのゼロトラスト関連標準化作業
- クラウドセキュリティアライアンス(CSA)によるゼロトラストガイダンスの策定
- 各国政府機関によるゼロトラスト採用ガイドラインの整備
- 実装における注意点
- 段階的なアプローチ:一度にすべてを変更するのではなく、重要度の高い領域から順に実装
- 継続的な評価と改善:定期的なリスク評価とポリシーの見直し
- ベンダーロックインの回避:特定のベンダーに依存しない柔軟なアーキテクチャ設計
- プライバシー配慮:過度な監視によるプライバシー侵害を避けるバランスの取れた実装
NIST SP800-207を始めとする国際標準や法規制は、ゼロトラストセキュリティの実装に重要な指針を提供しています。組織は、これらの標準や規制要件を理解し、自社の環境に適したゼロトラストモデルを設計・導入することが求められます。同時に、技術の進化や新たな脅威に対応するため、継続的な評価と改善のプロセスを確立することが不可欠です。ゼロトラストの採用は、単なるセキュリティ強化だけでなく、デジタル時代のビジネス競争力向上にも直結する重要な戦略となるでしょう。